有機農家をみんなで支援したら、地域が繋がりを取り戻し、雇用も生み出し、人生が豊かになった。

土屋ローカルデザイン研究所

典型的な『田舎暮らしに憧れて』移住

私は、東京都港区出身で理系の大学を中退し、起業。33歳まで渋谷でメディア制作の仕事をしてきました。
まともに卒業したのは小学校だけで、中学、高校も不登校。大検をとって進学した大学も中退してしまう変わった人間です。
父親は一般的なサラリーマン。母親は鍼灸師。
農業とはまったく縁のない暮らしでした。
都内から藤野地区に移住したのは8年前。長女が小学校進学のタイミングでした。
理由は、典型的な『田舎暮らしに憧れて』ミーハーな気持ちで当時の友人たちが勧めてくれた割りと東京に近い、神奈川県藤野に移住を決めました。

豊かな自然と、おいしい空気、里山の風景。田舎がない私にとってすべてが新鮮で衝撃でした。
すぐに会社を休業し、クライアントにも心配されましたが、都内での仕事はすべて辞めました。
藤野で仕事をみつけてのんびりスローライフを楽しもうなんて、気軽に考えて、
中古の戸建てを40年ローンを組んで購入し、2009年1月に移住しました。

しかし、現実は違いました。

冬の厳しい寒さ、支出が減る暮らしなると思っていたら予想外の光熱費の高さ、
始めての車購入&ローン地獄。

そして、トドメに仕事がまったく見つからない。
憧れの田舎暮らしとはほど遠い地獄のようなものすごく過酷で辛い田舎暮らしになっていきました。
サラ金からの借金も膨らみ、お金がないときは野草をたべて生活したり、
近所の人にごはんを恵んでもらったりしてました。

不思議なまち藤野

本題に入る前にまず私がなにも考えずに移住先として選んだ『藤野』というエリアについて説明したいと思います。

ここは80代から芸術によるまちおこしを実践、継続してきているエリアで、
人口1万人の約1割がアーティストや市民活動家というちょっと変わった場所です。
最近では西の神山、東の藤野なんて呼ばれているそうです。

アーティストが棲む町というとカッコいいですが、実際には現代の言葉でいうところの『変態、変わり者』と呼ばれる人たち、
それもジャンルが偏ってなく、色んなタイプの『変態』が生息しています。

悪い意味ではなく、個性豊かで多彩な仲間たちという意味です。

アニメで例えると、アラレちゃんのペンギン村のような場所です。

※以下、ちょっと社会からはみ出してしまった個性的で変わり者なゆかいな仲間たちのことを『変態』と表記します。

移住前する前も、仕事上、色々なクリエーターや芸術家と仕事をしてきましたが、渋谷の変態生息率の数倍といっても過言ではない場所です。
そして、渋谷と藤野の雰囲気がとても似ているのです。森のある渋谷という感じでしょうか。

国内外で活躍している陶芸家、木工家、絵本作家、DJ、映像作家、グラフィックデザイナー、スタイリストだけではなく、昆虫を食べる人、自分の家をDIYで自分で作ってしまう人、廃墟をアトリエにし、原始人のような暮らしをしながら作品を作ってる人など個性豊かな方たちが仲良く暮らしています。
週末はどこかしらでpartyが開催され、東京よりも刺激的な暮らしになりました。

高次元の共存共栄と言うか、そこには誰が偉いとかリーダーとかは存在せず『遊び』という一点で一つになっています。
助け合いも半端じゃなく、酔っ払って崖から滑落し首の骨を骨折した仲間を寄ってたかって医療従事者の方たちがボランティアでお世話をしたり、
お金がなくて困っているアーティストにみんなでご飯を交替で持っていってあげたりと。
ある角度からみたら桃源郷のような場所です。

さて私がいったいなぜ、『農業』に関わることになったのか

私が農業の世界に関心を持ったきっかけは一人の有機農家さんとの出会いでした。
5年前に藤野で開催されていたPARTYで友人からの紹介で仲良くなりました。彼は、おとなり相模湖で有機農家の研修生として働いていました。
その後、ゆい農園として独立し、農薬も化学肥料も一切使用せず、土のチカラだけで野菜を育てることに挑戦し続けています。
彼との出会いが私の人生を変えるきっかけとなりました。

『油井さんとなら農業の世界を変えられる』

それだけではなく

『自分の心の病みも治る』

直感的に感じました。

最初は農業ではなく、遊びを通じて彼と意気投合し、一緒に地域のイベントやお祭りなどの企画運営をやったりしていました。
自然な流れで油井君の農場にもお手伝いしにいくようになり、実際の有機農家の仕事現場をリアルにみるようになりました。

その時の私は、とにかく、仕事もお金もなく、心は病みきっていて、油井さんとの農作業は本当に自分の心の支え、癒やしになっていました。

そんなこんなで地域の方の紹介で仕事を紹介してもらったり、都内の友人を「ゆい農園」に招待したりしている内に、私の心の病も次第に治っていきました。

今では、私の東京時代の友人である編集者の小倉さんと油井さんが繋がり『weekendfarmers』という農業ユニットを結成するまでになりました。
小倉さんとの出会いが相乗効果をもたらし、相模湖だけではなく、私の故郷である『渋谷』のビルの屋上にまで畑を作って色んなメディア媒体に紹介されるようにまでに。
(活動の詳細はホームページをみてください。http://weekendfarmers.jp

藤野での活動と課題

話を藤野に戻します。
私が移住した藤野は芸術やアートだけなく、市民活動も盛んです。

その中でも特に面白いのが、『藤野地域通貨よろづ屋』です。

2009年9月に私を含め5人で立ち上げました。
地域通貨を流通させたことにより、物々交換が円滑になっただけではなく、畑の援農、子育て支援、防災情報、イベントやWSの集客など、お金を介さずに色々なモノやコトが毎日盛んに取引されるようになりました。

今では藤野エリアに住む住民の1割(約300世帯)が加入しています。

2012年12月。私は自宅前に小さな直売所を設置しました。

その地域通貨を活用して、油井農園を中心とした有機農家さん数軒に声をかけ、採れすぎた野菜などを販売したら毎回大好評。

告知は地域通貨ネットワークのみだったのですが、ほぼ毎回完売するようになりました。

これは『ファーマーズマーケット』をやるしかない!!

それは、神からの啓示のような、まるで雷に打たれたような衝撃でした。

2015年12月。仲間たち数名とともに、ビオ市/野菜市というファーマーズマーケットをスタート。

藤野を含む相模原市内(旧津久井郡)の有機農家さんたちに声をかけ集まった農家は10軒。

最初は軽トラ市のようなスタイルではじまりました。

初日の日、平日の朝8時〜にも関わらず、たくさんの地域の方が集まり、野菜を買ってくださいました。
農家さんたちからも好評で、是非継続して欲しいとの声があがり、月2回、定期開催することになりました。

有機野菜だけの野菜市がなかったこともあり、回を重ねるごとにお客様も増えていき、
会場もより広い場所でバリアフリーな場所を提供してくださる方が現れ、規模を大きくして開催できるようになりました。
老若男女、障がいがあるないに関わらずどんな方でも参加しやすい空間として、
早朝のファーマーズマーケット『ビオ市/野菜市』は次第に地域に定着していきました。

農業には不利な中山間地域で『農』という業界をどうやったら盛り上げられるのか?

アートで農家を支援できるのか?

地産地消は可能なのか?

もっとわたしたちにできることはないのか?

それは、藤野に棲む『変態』と呼ばれる人たちの心にも火がつきました。

それからは化学反応が起きたかの様に一気に爆発しました!!

ビオ市に出店していたグラフィックデザイナーとイラストレーターがコラボし、オシャレなチラシやロゴが完成。

ビオ市野菜市

料理の得意な方たちは旬の野菜を使った野菜の試食コーナーを設置、仲間のDJが会場内を盛り上げるためのサウンドデザインをはじめたり、
お客様も野菜を購買するだけなく、ビオ市の様子をWEBやSNSでオシャレに拡散。

セラピストや医療従事者、町の保健師さんたちが連携し、農家さんやお客様たちに施術だけではなく、栄養バランスや、血管年齢測定など簡単な健康チェックまでやってくれるようになりました。

 

化学反応は『変態』たちだけにとどまらず、地元の方、役場の方、主婦、こどもたちにまで影響を与えていきました。

藤野に一軒しかないスーパーマーケット(まつば)は、私たちが支援する有機農家さん専用の販売コーナーを作ってくださるまでなり、
その有機野菜コーナーの納品管理や請求事務なども近所の主婦やこどもたちが率先してボランティアでやってくれるように。

そして、地域の福祉事業所の『障がい者』とよばれる方たちもビオ市に遊びにきてくれるようになり、自然と協働するようになりました。
ビオ市に出店するだけではなく、有機農家さん(コジマ農場)と連携し農作業まで一緒にやっています。
車椅子でも入れる条件のいい畑は、地元の方が提供してくださいました。
こちらで誘導したわけではなく、すべて彼らの自己決定です。

ついに今年の夏からは、ビオ市に参加するお客様や出店者の方たちまで人手に困っている農家さんの所に自ら訪ね、
一緒に草刈りや種まき、収穫、販路開拓にまで協力してくれるようになりました。
一人ではやる気をなくすような草刈りも地産地消だからこそできる人海戦術で会話を楽しみながら作業しています。

農家の支援もする消費者。

まさに『変態』へと成長しています。

でも、それが本来の『人間』らしい生き方。

コミュティのあり方だと思うのです。

これからのこと

この2年間の化学反応的な爆発をみて、私が感じたこと。

『変態』と呼ばれる人たちは、有機農家を無償の愛で支援することでそれが結果、自分たちの作品発表の場にもなり、
次から次へと仕事が舞い込んでくるようになりました。

『ワクワクに従って生きる。純粋意欲に従って生きる。』ことの大切さを『農』に触れることによって再確認できました。

TPPや、耕作放棄地問題もありますが、『遊び』を忘れず、笑顔で楽しくみんなと繋がることが一番大事であり、
問題解決につながるのではないのでしょうか。

農家を支援し、『農』に触れることは、結果、自分たちの雇用を生み、地域を豊かにすることだと実感しています。

モノが溢れ、希望だけがない時代と言われています。

しかし、

激動の時代こそバタフライ効果が起こりやすい。カオス理論の考え方です。

自分たちひとりひとりに変化を起こすチカラがあります。

『変態』と呼ばれることを恐れずに。

耕しづつけましょう。

※ビオ市/野菜市ホームページ
http://localinfo.sakura.ne.jp/vegetable/
※weekendfarmersホームページ
http://weekendfarmers.jp
※地域通貨よろづ屋ホームページ
https://fujinoyorozuya.jimdo.com

以上です。

毎日農業記録賞 優良賞 「地産地消で広がるコミュニティーの輪」 相模原の土屋拓人さん(41)

土屋拓人

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東京都生まれ。 2009年より相模原市藤野地区へ移住。 webクリエーター/ビオ市主宰 大学在学中に制作プロダクションを起業。 出版社やテレビ局などと多数の...

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